もうどちらにしてもこれからはアフターコロナを歩き始めるのだろう  タイムラグの問題だけで


日本人の性質からしても、
それほど長期の制約には耐えられないから、
理屈ではどうであろうと、
我慢の限界というのがやって来るだろう。

5月末日までは覚悟しても、
延長も、一度はあっても、二度は無いから、
後は野となれ、山となれ、
さぁ、始めますよ、
となるだろう。

季節は夏に向かうし、
クール仕様のマスクでもなければ、
マスクなんてしていられない、ともなる。

後は、日光に殺菌してもらい、
豪雨に街を洗浄してもらい、
と、雨風まかせで、
新型コロナウイルスの恐怖にも、
そろそろ馴れて、受け入れて、
多少の死者は仕方がない。
或る程度倒れることも仕方ない。
数%の範囲内なら良いだろう。
まず、経済を回せ、
首切りはいやだ。
と、なって行くだろう。

で、それが趨勢である以上、
ワーっと同方向へ雪崩れて行く国民性からしても、
また、経済補償をしたくない政府としても好都合と、
兎も角も、
これ以上は、お金を出したくない政府であるから、
再拡大は恐れながらも、
徐々に段階的緩和をして行くだろう。

運任せ、明日は明日の風まかせが、
日本的気質の根本だから、
多分、そうなって行く。



命の選別というのは、
つまりここから始まるのだ。
弱肉強食も、ここから始まるのだ。

今までは、みんなで協力して、
感染から身を守り、
経済崩壊からも守れるなら共に守り、
倒れるなら共に倒れるであったが、
これからは、
生命的にも、経済的にも、
弱く運の悪い者は死に、
強く運よく、
生き残れる者が生き残る。
そういう世界。

「コロナ後」が、
見切りスタートしている。
快楽から遠ざかっていた世界の
アフターコロナ。
反動が出て来るのだろうな。

どちらにしても、ソドムの市は変わらない。
万里の長城に、無謀にも大挙して押しかけ、
ソウル市街や観光地を、
人が沢山歩いているのを見れば、
みんな同じ。
早く普通に戻りたい人たち。

もっとも、中国も、韓国も、
院内感染爆発中の日本と違って、
新規感染者が、
もう殆ど発生していないのだ。
何事にも遅れる日本。



人は、何事にも馴れるのだ。
75年前、
焼け野が原にさえ希望を見い出したのだから。

人は長くは我慢できず、再拡大が懸念されても、
ECMOが無い、人工呼吸器が無いと焦った人も、
夏のような太陽にギラギラ照らされる頃、
ま、いいか、何とかなるさ、と思い始める。

倒れる者は倒れよ。
死ぬ者は死ね。
生きる者は生きると、
思い始める。

















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