またスポーツ中継が始まる 


コロナという病気に罹るのはいやだ けれど、
コロナがもたらしたものは、
私には有難いものも多かった。


第一には、
汚いことが平気な人が多いけれど、
今度のことで、
多少とも衛生習慣が身につくかもしれないこと。

とは言っても、あまり期待していない。
多少、綺麗好きになった人が、
ずっと一生そのままでいてくれるとは
あまり思えない。
汚いことが平気な人は、
病気と同じで治らない。

人間の習い性となるまでには
何十年も時間が要る。
喉元過ぎれば、
また忘れてしまうだろう。

それから、コロナが去れば、
また私の嫌いなスポーツの中継が始まる。
鬱陶しいたらない。

思えば、コロナの時はよかった。
煩いものが、全て中止になり、
爽やかなものだった。

それから、
あらゆるグチャグチャしたものが復活する。
面倒だ。

生身という臓器の塊をぶら下げて、
人間という物体が、
世界に満ちる。

グジャグジャが始まる。
ほんとうに嫌だ。

思えば、この何か月かの間。
コロナは、この世の煩わしさから、
私を救ってくれていた。

殆どの人に会わなくてもいい生活。
言葉を交わさなくてもいい生活。

人が、誰にも非難されることなく、
また、説明する必要もなく、
人に関わらなくてもいい生活は、
恩寵のようなものだ。

全ては、コロナだからね、で済むのだ。
究極の省略形。
奇蹟のような時間を与えられていた。
でも、もうすぐ終わり。

コロナが去り、日常が戻れば、
説明やら、言い訳やら、何かの断りなしに、
人と人が、全遮断されて生きるのは難しい。

コロナ後も、コロナのあった世界のように、
生きられたらいいのにな。
すっきりと新鮮で、汚れがなくて、
気持ちいいだろうな。

ガンジス川までが清流になったのだ。
南の海にはジュゴンが現れたのだ。
それもすぐまた元の木阿弥。

コロナは言う。
「寄るな触るな近づくな」

適度な距離があって、
最高だね。

ま、こんなことを言えば、
顰蹙を買うだろうけど、
本心だから仕方ない。

始まる前から、うんざりした気分。
コロナ後の喧騒。
静謐なものは、
どこにも無くなる。

しょうがないね。
馴れるしかないのだろう。

絶対、馴れられないけど。


















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