楯の両面 良いことと悪いことを同時に併せ持つ日本の衛生思想。


日本では、昔から、伝染する病となると、
時に誤解による大差別まで巻き起こしながら、
自らに近づけないようにした。

不浄と考えるものに対しても、
現代から見れば、不当と思える差別をした。

女性に対する差別も、
元は、女性の月のものを差別するところからも
来ている。

血の関わるものを差別し、
大量の出血を怖れ、
お産の時の血さえ怖れ、
古代では、穢れとし、
出産の時は、産小屋など、
遠く離れた別の場所へ移動などもした。

自らが生まれることの根幹を
まるで否定でもするように、
そうするのは、
おかしいとも言えるが、
死と生の究極の地点を、
日常と差別して分けた。

血や脂を拭き取られ、
産湯に浸かり、
綺麗に洗われてから、
赤子は、親と対面した。

生と死は、生々しく、
生々しいものは、
日常から区別された。

聖なるものと、
穢れは、同時に内在しながら、
穢れを差別することで、
聖を美化し、
生々しさは、病につながり、
死につながりということを恐れて、
生々しい肉体性を避けていた。

平安時代になっても、
方違えなどもして、
不幸や疫病を避けようとした。

貴族の女性が、方違えなどして、
寺院などに籠り、自主的隔離を選んだり、
季節になれば、茅の輪を潜って魔除けなどした。

恐れるものは、常に災いとなる流行り病。

身を守り、身を隠し、
接近を避けて、安息の場を求めた。
尊い人は
現代のパーティションとも言うべき
御簾の蔭に遮られ守られた。


近代になっても、根拠の有る無しに関わらず、
日本人の、汚いと決めつけたものの
寄せ付けなさは、異常なほどに徹底している。

病は危険なものと見做し、徹底して排除する。
それは、自らの健康のためには良いが、
時には、異常なほどの差別も生む。

虎の威を借りたり、乗っかったりの
集団的な陰湿ないじめ癖も加味して。

結核になったりすれば、
大変な時代もあった。
病気のための隔離を越えた範囲にまで、
差別が及ぶこともあった。

ハンセン病に対する誤解などは、
長い間、解けることはなかった。
『砂の器』の親子ではないが、
住む場所も失くし、
一定の地域に設けられた園以外では
生きる場所がなかった。

順々に誤解は解けたとはいえ、
樹木希林の主演した『あん』にも見るように、
現代にもその差別は、続いている。

根底にあるのは、奇形や醜悪さへの恐怖や、
感染による自らの死だから、
それは、どこまでも、日本人の意識の中では、
続いてしまう性質を持ってしまうのだ。

水俣病でも同じだ。
つまりは、日本人は、
そうして、徹底的に、
その疑いや不安を持つ相手には、
事の理非や理屈ではなく、
まして正当性などには関係なく、
差別して避ける方法に徹して来た民族だ。

となれば、今回のコロナ禍でも、
そうした習性が、急に変わるわけもない。
第一に、水俣病などと違って、
新型コロナウイルスは、
現実に感染を防がなければならないのだから、
隔離は最も有効な手段。

日本人の一番いけないところと言われる
医療従事者への差別も、根は深い。
本来なら、感謝し尊敬こそすれ、
差別していい理由など、
何一つないにも関わらず、
広く日本中で、
そういう差別が横行する。

患者の受け入れ病院までも及ぶ。
院内感染など出したら、
経営まで危うくなる。
弱小クリニックではなおさら。

まして、医療従事者ならば、
まだ尊敬だけは残っているだろうが、
一般人が、コロナ陽性だったとか、
病院に罹った、入院したなどとなれば、
どれだけ不当そのものの差別をするかわからない。

いわゆる、村八分にも似て、
酷い扱いとなる。

同じ扱いを自分が罹患した時も受けることは
忘れて、差別する。
福島の時と同じ。

しかし、これが日本人のまだ治らない習癖の一つ。
科学的、医学的な根拠より、感覚的な恐怖感で
自分大事さが、発狂状態にまで近く高くなる。
困ったものだが、

日本人が、この小さな島国で、
他に逃げようも隠れようもなく
千年、二千年と生きて来たうちに、
培った習性なのだろう。
我が身を守る上では、
他に知恵もなかったのだろう。

つまりは、日本では、強制は必要ない。
感染症の怖さを理解し想像さえすればいい。
自分の身に災いをもたらすものは
絶対的に避ける習性が働く。
拒否し、拒絶し、時空の間隔を空ける。
誰に頼まれなくても。

それは冷酷なほどの、
自己愛の強さからとはいえ、
衛生観念の高さは身を守り、
抱きついたり、握手したりしないのは、
触れ合いの時に感染する機会を減らす。

靴を脱いで上がり、土足は玄関までとするのは、
病原菌を入れない点では良い習慣だ。
(昔の農家などでは、土間が、台所にも入り込んではいたが。
それでも、床の上とは区別した。)

考えてみれば、西欧の人などに比べれば、
距離感が遠く、さびしい人種だ。
でも、疫病に関しては、
有効に作用したというわけだ。

良い面も悪い面もあるが、
事実として。

これからは、それが、
個人間の距離が、
もっと遠くなって行くのだろうか。

距離感に注意し、
接触に注意し、
触れるものは、
共用することないソロ社会。

一方で、人は何にでも慣れるもので、
コロナにも馴れて来て、
対処の方法も会得し、
徐々に、怖れも少なくなっては来て。


まぁ、どうなるか解らないが。

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