新型コロナウイルスは、最強のウイルス 中国の都市封鎖を他人事に思ってはいては駄目なんじゃない?今でも。


中国は、
それだけの必要があるから、
それだけのことをしたのだ。

あの頃、
あれだけの大国が、
無駄に大騒ぎをするはずがない。
なり振り構わぬ大騒ぎになっている。
何事が起っているのだ。
その恐怖の対象は、
その実体は何なのだ。
と、
少なくとも、
政府は思うべきだった。
普通ならそう思う。

しかし、
日本政府も、
国民の多くの人も、
それほどの関心すら持っていなかった。
クルーズ船が来るまでは。
(いつでも日本を驚かすようにやって来るのは、
神奈川沖。
二度目の黒船もまた、
神奈川沖にやって来た。
基本鎖国の江戸時代とは真逆ながら)
一月中旬にはするべきだった入国制限も渡航制限もせず、
懐手をして迎えるも同然で春節の観光客を迎え、
全開放したままの日本国だった。



今回の日本政府の遅れ遅れの対策と、
医療関係者を含めて、国民自身も、
あれほど猶予時間がありながら、
今頃になって、
マスクが足りないとか、
トイレットペーパーがないとか言っているのも、
官民揃っての油断と愚鈍さの証明。
恐れないから備えないのだ。
正しく恐れよと言いながら、
正しくも何も、恐れることさえ知らない。

元はと言えば、中国の武漢での流行を
まるで未開地の感染症流行のように見下し、
馬鹿にして、
笑い物にするような上から目線で見ていた
その危機感ゼロの日本であったこと。
それが原因。

武漢での「謎の感染症」
そのニュースは、あの時点でも、
もう2か月以上も前から伝えられていた。

5千年の歴史を持ち、
漢方医薬の歴史もあり
最先端の現代医学による治療実績のある
一流の大病院と医師、スタッフが揃う地。

二つの大河の合流するところ、
1100万人の人口を持ち繁栄する大都市。
そこで、あのような事態となっていること。

そのことに震撼すべきであり、
ただならぬことが起こっていることを、
察知するべきであったし、
馬鹿にして嗤っているどころでは
なかったはずだ。


いずれは、
どこにでも起こりうることと、
思うべきではあったが、
日本では、
日頃の嫌韓、嫌中の名残りが、
その認識を歪め、
どこか軽蔑して見ている心が、
多くの人の目を曇らせていた。

他国に対する無知と偏見は、
自分自身に返って来る。

知るべきことも
知ることが出来ず、
結果、その大油断が、
日本政府の頓珍漢な反応となり
恐れを知らない人たちの、
インフル並みで恐れるに足りずだの、
正しく恐れよの合唱になり、
見当違いの専門家やマスコミの
反応となった。



それも、インターネットもあり、
海外ニュースもあり、
何も情報がなかったわけではなく、
もしも、中国で起きていることに、
謙虚で真摯な関心を持ち、
人類の脅威である未知のウイルスを
畏怖する気持ちがあれば、
正しく情報を受け止めたはず。

中国にリスペクトを持つ気持ちがあれば、
事態の重大さに気づき、
正確に反応したはず。

日本人は、中国や韓国に対して
少なからず蔑みを持つ人が多く、
それが、台湾のように、
即座に敏感に反応した政府と、
日本政府の伸びきったゴムのように、
鈍感な無為無策で迎える
対応の違いとなった。

全て、無知と偏見の結果であって、
当然と言えば、当然の結果。
姑息な小手先の誤魔化しに
終始し、
感染爆発の結果を認めるにも
遅きに失する日本。

WHOと日本は、
本当に恐れを知らない。
恐れないのは、冷静で落ち着いているからではない。
単に想像力を欠いているのだ。




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