何ものも変えられないのが日本のDNAに組み込まれた楽観主義で、私もまた快楽主義で。

・来たるべき未来も地獄も見ぬように逃げて逃げて逃げて捕まる

というところが、多分にある。

私は、露天風呂が好きだから、
露天風呂に舞い落ちて来る桜の花びらを見ながら考えた。

こんな風に、死んで行くのだなぁと。
しかも、暢気なことに、
今日明日とは考えていない。
ずっと未来に、遠ざけて考えている。
つまり漠然たる楽観、
漠然たる考え無し。
お目出度い極楽蜻蛉の快楽史上主義。

それでやって来たんだね。
まぁ、何とかなるさと。

誰かが、天岩戸を開けてくれると。
あめのうずめのみことの踊りに見惚れていれば、
いつの間にやら夜が明けて、
明かりが射して来ると。

千年経っても、二千年経っても、
三千年経とうとも、
いつだって神頼み。いつまででも依存体質。

神様でも仏様でも、その辺の樹でも岩でも、
蛇でも狐でも狸でも鼠でも、なんなら紙片一枚でも、
宜しくお願いして我が憂い事は忘れ去る。
それが日本人のスタイル。
真実を遠ざけるゆえの。

見て見ぬふりをするゆえの。
だって、真実って、
人間の致死率100%の世界だからね。

死を前にして、後生の一大事に目覚め
なお一層生き生きと生きるというような、
全員、『白骨の書』を
実践できるほどの日本ではない。
ほぼ、知らぬが仏の世界。

知らねば極楽、
知ったら地獄。
無知ほど怖いものはないと頼山陽も。

古今東西、日本人ほど忘却の民である民はない。
心魂を痛めた大災害でも、歴史的惨事でも、
我が祖たちの極悪非道の行いでも、
その栄耀栄華のみ憶えて、
非道の行いは忘れ去る。
全て水に流し流され忘れ去る。

時には怒涛の如く忘れ去る。
そんなことがありましたかと、
露ほども憶えておりませぬと。

今日を思う暇なく、
明日の惨事がやって来る。
地震、雷、火事、疫病、風水害。
馴れて当然、忘れて当然。
そのようにもなる明け暮れで。

災害あれば魂鎮めあり、神社あり。
神社あれば祭りあり。
神輿を担いで練り回し、
火を焚いて祈るのみ。
そしてこうして忘れ去る。

常にいつでも裏切って、
常にいつでも裏切られ、
期待はせぬことと教えられ、
年貢の大切なことだけ教えられ、
天下は御館様、殿様、将軍様、天子様の物と知る。

天下に恥無き奴隷根性の国。
刃向かうことは許されず、
一族一門の誇りを捨てて、
時の勝利者の軍門に下ることを強いられる。

なお逆らう者は、貴賤を問わず、
哀れ打ち首、曝し首。
三条河原の晒し者。

ザ、日本人であることを知る。
今日一日のことしか考えられない頭と、
明日は明日と、放り出す心と。

毎年、台風に襲われ、
穫り入れた作物も、
水揚げした漁獲も、
一夜にして奪われ、
一夜にして諦める羽目になった
そんな民族的習性か。

温暖な気候に恵まれ、
水に恵まれ、
花鳥風月に心を寄せていれば、
何もかもが過ぎ去って行った日々の名残りか。

日本の常識は、
世界の非常識と言われる、
日本という国の住民、私ももちろん。

半分は、そんな日本に反撥しながらも、
共有部分は多く重なる。
困ったものだけど、
困ったものと、心底憂うほどの
真剣さが足りない。
底抜けの、明日は明日の風まかせ。

もちろん気は小さいから、
明日の心配はしている。
外国から食料が入らなくなったら大変だから、
何とかしておかなくちゃとか。
まぁ、いろいろ。

でも、そう言いながら、
朝から晩まで、宝塚を視たり、
中国宮廷歴史ドラマを視たり、
そう、露天風呂へ通ったりして、
遊んでいるわけで、
我が愚かさは限りなし。

いつか地獄を見ると思いながら、
この思い変わらず。
この我も変わらずというところか。





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