高橋洋一‏(嘉悦大)さんは、こんな風に言う。


「シンクライアントなので、普通の職員はどういう仕組みになっているのかもわからない。
なのでバックアップは行政文書とはいえない。
それにもかかわらず国会からの資料要求があればできるだろうといわれ、
資料要求のたびに復元したら管理業者のほうも仕事に差し支えるだろう」(高橋洋一)


菅官房長官も、バックアップデータは、
行政文書ではないと言っていたけれど、
簡易端末に入った途端、
公文書の性質が変わるものだろうか。

バックアップは、何のために取るのか、
ということを考えない人らしい。



こんなことを言いながら、
年金記録データも、機構の職員が足りないからと、
外国の業者に任せたり、
そして間違えられたりという事件もあった。

そして、年金手帳も、
電子データ化されているから、
各自で手元に残す必要はなく、
年金手帳は廃止すると言っている。

危なっかしくてしょうがない。
政府に、文書であれ電子媒体であれ、
管理を任せると、改竄されるやら、
廃棄されるやら、
ミスが起きても、外部業者のせいにするやら、
何がどうなるかわからない。
大事なものとも、思っていないらしいから。

いついかなる時、速やかに廃棄されるかもしれず、
理由も、千差万別、幾重にも創出されるかもしれない。
公文書も、公金も、そのデータも
浮遊し消滅する運命にあるかもしれない。

政権の意向次第で、
いつでも消し去ることのできる資料。
浦島太郎の玉手箱。
年金も、また同じ運命かもしれない。
開けたら煙しかなかったと。

でも彼らは言うだろう。
金庫が空っぽになることを心配する必要はない。
昔風に言うなら、紙幣を刷ればいいだけだと。



事と次第によって、
言葉を使いわけるのを、仕事とする人たち。

過去に、どれだけ、国民の財産を失い、
しかも、一度も責任を取らず、
それでいて安穏と公務員でございますと、
民間の経済状態には関係なく、
役人人生と、その報酬をゲットする人たち。

鉄面皮の首相の下では、
役人までが、臆面もなくなる。



そして、元財務官僚であった高橋洋一氏、
チャンネル桜や、虎ノ門ニュースの中で
嫌韓や嫌中を語るだけかと思えば、
最近では、山本太郎氏の消費税減税研究会の
講師に招かれたりもしている。

人格や思念・姿勢には関係なく、
その「知見と専門性を」買われたようだが、
大いに疑問を感じる。



山本太郎氏は、講師候補を承認しただけとはいえ、
高橋洋一氏でいいと思ったわけであり、
それは、有用なものなら、何でも使うということかもしれないし、
敵?からも学べということかもしれないが、
それでも、私なら嫌だな。高橋洋一さんのような人。

知見を参考にするためには、竹中平蔵さんも呼ぶのかしら。
山本太郎氏と、街頭演説に集まった聴衆は、
「竹中平蔵ろくでもない!ろくでもない。ろくでもない。」
なんて、唱和している。

竹中平蔵氏は、もちろん嫌いだけど、
群衆があんな風に連呼するなんて、
対象が誰であっても、
一番いやなやり方に感じる。

煽情的であり、煽動的であるからだ。
保守でも革新でも、またはそれ以外でも、
とても危険なものに発達するものを感じる。

ジャパンライフの山口隆祥会長(当時)が、
会員らしい人たちに唱和させていたあの姿を
連想してはいけないだろうか。
善悪、正邪以上に、感覚的に拒否したいものを
感じた。

さらに言えば、「桜を見る会」に集まり、
首相の周りでワイワイと記念撮影をしている風景にも、
共通するものを感じていた。


薄められたものであれ、
ダイレクトなものであれ、
強い人の周りに集まり、
その力を示威するように、
大なり小なり集団を成す。

軽い結びつきは軽く離れもするが、
強い結びつきになると、
固定的な集団となる。
或いは、そのきっかけとなる。

群集行動へといざなうものは、
常に警戒を要する。






































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