いざとなれば宮中へ帰れる人たちが手を振り膝をつき目を合わせれば有難いと感動する人々


どこまでも、けなげな民の姿。
なぜそこまでも敬愛し、かしずくのだろう。
時には、天皇陛下万歳!と、命まで投げ出して。
(今だって、その危険がないわけではない。)


別と思っていないのだろうな。
否、別と思い、高貴と思っているから、
有難いと思うのだろうけど、
人間として、対等とは思っていないわけで、
不思議な感覚だ。



日本では、ルイ16 世や、
マリー・アントワネットのようなことは、
絶対に起こらないだろう。

理屈ではなく、
天皇家が天皇家であることや、
どれほどシャッフルされ薄まっていても、
その血筋の「万世一系」であるという
貴なる一族たることを信じ切って仰ぎ見ている。

古代においても、
国内においても、
「天孫降臨」伝説を携える一族に、
征服されなかった一族や、
その末裔や連枝連雀がいないわけでもないだろうに、
誇りなどは、とうに失くして。
全ての人が、神話の中の民状態。

果たして、昔からこうだったのだろうか。
時々で、その政権を時の覇者に託したり、
王朝が分裂したり、何十代も遡って、
別系統からつないだり、
三種の神器の一部を海中に失くしたり、
実力を剥ぎ取られたて逼塞したり、
それでも、明治の大復活を経て、
一時はアジアの覇者となり、
国体護持も危ぶまれながら、
現代まで命運を保って来た天皇家。



例えば、
武士の政権が長く続いたのちの
封建時代の爛熟期。
徳川が天下を取っていた時代の、
一般の人にとっては、どうだったのだろう。

江戸には、上様がいて、
地方には、それぞれの殿様がいて、
殿さまは、上様のところに参勤交代をして、
京都には、天皇や公家がいて、
「禁中並公家諸法度」
があって、
天皇家は、厳しく規制され、
公家はみんな貧乏で。

町民や百姓レベルでは
その存在すらロクに意識することもなく
過ぎていた。


幕藩体制の下では、
御城下が、世界であり、
御城下の外は、
外国も変わらない人々がいた。

京に上る機会も少なく、
用もない下々の人にとって、
天皇は、『夜明け前』にも見るように、
漸く、街道の本陣の当主クラスでも、
どこか遠い雲の上の天子様でしかなかった。

(幕府討伐軍が錦の御旗を掲げて東上して行った
宮さん、宮さん♪の御維新以前は。)

それでも、江戸幕府は、
跡継ぎを確保するための大奥の数多の
側室、生母候補の他に、
権威付けのための位階を求めると同様に、
将軍の正妻である御台所として、
天皇の妹などを、
貴賓待遇を以て迎えるようになる。

幻想と神話の国にとって、
お飾りであっても、
そのお飾りが重要な役割を果たすのは、
今の象徴天皇制も同じで、
公武合体は、後に画策する以前に、
歴代の将軍家大奥に於いて成っていた。

伊勢の斎宮や、寺社の門跡などとして、
皇子皇女方を迎え入れもした。
双方、ウインウインの関係を築き、
連綿と今に続いて来たことではあった。

賢く巧妙な仕組みの中で、
下々の人は、いつまでもどこまでも、
下々の人であることを意識すらせず、
知らぬが仏の安逸に浸り、
高貴さへの幻惑の中にある。



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