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zoom RSS 前川前次官と東京新聞の記者がいなかったらと思うと恐ろしい。二人に感謝あるのみ。

<<   作成日時 : 2017/07/06 20:21   >>

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一人一人の勇気というのが、どんなに大切か。
たった一人からでも、
道は開けるものなのだ。



首相が反省の弁を述べ、
丁寧な説明をすると言い、
下村博文氏も、選挙後、丁寧な説明をすると言った。

首相は、改憲の行程はこのままと言ったまま、
外遊へ。
下村博文氏からも、未だに、
丁寧な説明はされる様子がない。



菅義偉官房長官が、
質問に答える姿勢は、
都議選、惨敗後も変わらない。
変える気もないようだ。
相変わらず、尊大で、
木で鼻を括ったような会見。



秋葉原での首相の応援演説時の、
首相と聴衆の応酬について、
東京新聞の記者が聞く。

記者「こんな人たちに負けるわけにはいかないと
有権者を敵視しているかのような発言とも思える。
問題あると思わないか?」
菅官房長官「まったくあると思いません」
記者「その理由は?」
長官「ないからです」
記者「抗議の声は衝撃的だった」
長官「あなたの主観に答える事は控える」



主観を否定するのだろうか。
主観がねじ曲がっていたり、
的外れであったら兎も角、
鋭敏な直観力に基く主観は=客観でもある。

必ずそうあれるとはいかないにしても、
そうあれるよう努力しているはず。

長官の言葉を引き出す力が、求められている。
記者自身の感受性、思考力、直観力などが必要とされている。
主観の力こそが大事なのであって、
深く主観的であることが、
客観性へ至る道でもあるのだ。

(菅義偉官房長官や、安倍首相の主観で、
他者を計るのは、
確かに客観性に欠けることかもしれないが。)

記者は、その目と耳で、
真実を探そうとする存在。
その拠り所は、己の主観であり、
その主観に責任を持って書くのが記者の仕事であるはずだ。

自身で感じていることは、
他者もまた感じていることかもしれない。
それを根拠にしてはいけないなら、
高みにあって、権力の傲りのうちに、
おざなりな会見で済まそうとする人に、
質問など出来ない。

声なき声と、昔誰かが言ったが、
声なき声をわが内なる声として感じる時に、
質問を返しているのだ。

おそらくそうであろうと思える。
「あなたの主観に答えることは控える」
というのは、記者であれば、その後ろにいる購読者や視聴者の声を、
野党議員であれば、有権者の声に答える気がないということになる。

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